書評『夜を彷徨う 貧困と暴力 沖縄の少年・少女たちのいま』(琉球新報取材班)

 

 2001年上期に放送され、第1次沖縄ブームを作ったと言われているNHK連続テレビ小説「ちゅらさん」。ヒロインの古波蔵えりには、ぐーたらの父・恵文、しっかり者の母・勝子、山っ気のある異父兄・恵尚、姉思いの弟・恵達、そして家族を温かく見守る祖母・ハナの家族がいる。

 えりの健康的な可愛さとハナのゆったりした語り口、「君の名は」的寸止め効果などが人気となり、高視聴率を記録した。本土の視聴者には「沖縄って家族の絆がしっかりしていて、憧れの癒しの島」と受け止められた。

 しかし古波蔵家のイメージをもって本書を読むと、徹底的に裏切られる。ドラマの残像を全て消し去り、いかなる不条理をも受け止める覚悟をもって手に取っていただきたい。

 本書は、18年1月から8月まで『琉球新報』で掲載した「彷徨う――少年少女のリアル」と、19年6月に高校生5人を含む若者ら10人が大麻取締法違反容疑で摘発された事件を取り上げた連載を収録したものである。

 小泉・竹中路線で推し進めた規制緩和政策以前、女子中高生の売春の動機に高学歴の両親の下、裕福な家庭に育った女子が「遊ぶ金欲しさ」「ブランド品欲しさ」などが多かった。

 しかし本書では、家庭や学校に居場所をなくし、生活費を稼ぐため最初はキャバクラのキャストからスタート。それより多く稼げるピンサロ、ソープとエスカレートしていく。

 そこからは離婚、貧困、風俗、暴力が連鎖する風景が見えてくる。

 中学生の紗良は小学生の頃、母の再婚相手と3人で暮らしたが、その男性は紗良の面前で母に暴力を振るった。母娘で逃げて離婚した母はキャバクラで働いた。その母が今付き合っている男もまたDV野郎のようだ。

「紗良たちきょうだいは、ふすま越しに母が殴られる音を聞いて過ごす。(中略)3日前の夜、いつもの調子で殴られた母は翌朝見ると、目の周りに大きな青あざをつくっていた。母はその夜、あざを化粧で隠して店に出勤した。

 紗良は笑いながら『おかーは化粧が上手でさ、あざがきれいに隠れてた』と話した後、しばらく黙りつぶやいた。『おかーが殴られる音が聞こえると、妹が泣くわけ。だから紗良もなんでか涙が出るんだよ』」

 実家を出るために風俗に入ったふうか(18)は、暴力を振るう父親から逃げるため高1で本土に渡り、戻ってからはキャバクラを経て17歳でソープに行き着く。その頃から付き合い始めた彼氏はヒモ野郎で、浮気までしていた。

「『ひどいと思ったけど、別れたら住む場所がなくなると思って我慢した。家にはどうしても帰りたくなかった』

 彼氏は謝るどころか暴力的になった。髪を引っ張られて引きずり回されることもあった」

 妊娠していることが分かり、彼氏とは別れ一人で産む決心をするふうか。一時保護施につないだ支援者の指摘は示唆に富む。

限られた選択肢の中から、ふうかは道を選んできた。困難に置かれた子を批判する前に、どう支えたらいいか周囲は考えてほしい」

 少女たちを風俗業界へ囲い込むのがスマートフォンのソーシャルネットワーク(SNS)である。さまざまなアプリは、孤独の中で同じ境遇にある見知らぬ友達ともつながれるが、一方で少女たちを餌食にしようとする大人が手ぐすね引いて待っているという点で、両刃の剣でもある。

 またSNS上でもリアル社会同様、「シージャ(先輩)―ウットゥ(後輩)関係」が支配し、神経をすり減らす。中学生の紗良がLINEの上下関係におびえる友人の逸話をわがことのように話す。

「前、トークしてて、眠くなったから『失礼します』って送って終わらそうと思ったら、『失礼させません(まがお)』って返ってきて、やばいって思った。礼儀がなってないってくるされた(殴られた)子もいたから、気をつけんと」

 関係から逃れるためにアカウントを削除したり作り直したりしているが、あえて現在地が分かる「ストーカーアプリ」をインストールし「ゴースト」「あいまい」「フリーズ」の機能を使いながら、誰かとつながっていたい。危険も煩わしさもひそむ「居場所」である。

 娘は堅実に生きようとする一方で「働かない母」の問題も浮上する。定時制高校に通う奈月(19)の母は、奈月のバイト代を当てにする。

「この前、母親から高校辞めて風俗で働いて、って言われました。その方が稼ぎがいいからって。娘に風俗勧める親なんています?」

 この母親は、離婚した夫で奈月の父の遺産にも手を付け、それも底を突く。拒食症とうつを患い母を背負う奈月には、明日が見えない。

 本書に登場する少年少女の中で、数少ない明日が見いだせそうなのが高2で妊娠したゆきかと、中3の冬に妊娠したあかりだ。2人とも彼氏や母親、双方の祖母の協力があり、あかりが通学中は母方の祖母が男児を預かり父方の祖母が学費を支援する。レアケースである。

「憧れの癒しの島」のイメージには程遠い調査報道には連載後、「法律違反をした少女の話を載せてもいいのか」「一部の子の話のために、沖縄全体がこうだという印象を持たれる」といった意見も寄せられた。

 これに対し、『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)の著者で琉球大学の上間陽子教授は「子どもを問題化することで自分や社会を問題化しない、よくある反応の一つ」と指摘し、少女らの生活背景を度外視した「高みの見物」を批判している。

 小那覇安剛デスクはじめ6人の取材班は、43人の少年少女に取材を試み、中には連絡が途絶え記事化できなかった子もいるという。【第6章 取材の現場】で新垣梨沙記者の「後悔」は、改めてこのテーマの取材の難しさを痛感させられる。

「あつきの『お前に話して何か変わるば?』という言葉に、『何も変えてあげられない』と返すべきではなかった。『あつきが変えたいと思うなら、そばで手伝わせて』。そう言えるようになるまで関わろうと努力するべきだった。あの日のやりとりを、私はずっと後悔している」

 寄り添えども寄り添えぬ。子どもたちの闇は深い。貧困につながるさまざまな指標が、少年少女たちの実態をもって描かれる「リアル沖縄」。そこから目をそらしてはならない。


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